第6回 国際イリザロフ法研究会に参加して/2010-07-06

  • 田口憲士
  • 大分大学 出身
  • 2001年 入局

6月16日から19日にかけてエジプトで第6回国際イリザロフ法研究会が開催されました。今回、6月18日に宮本俊之先生が発表されるにあたり、6月13日から6月20日にかけてエジプトツアーに同行しましたので、その貴重な体験を報告させていただきます。
6月13日長崎を夕方に発ち成田で1泊。メンバーは宮本俊之先生と岡崎先生との3人でその日は軽くBarで時間を過ごした後、明日の長旅に備え解散。
6月14日13時10分、成田からカイロに出発。13時間と長時間のフライトで気が狂いそうになりましたが、暇があれば腓腹筋を刺激し、エコノミー症候群にならず無事カイロに到着しました。時差は8時間遅れのエジプト時間で21時の到着でしたが、飛行機で熟睡し、しかも海外ということも重なり興奮したまま朝を迎える形となりました。
6月15日いよいよカイロ市内を観光。6月でもカイロ市内は日中40度近くなるため、紫外線・脱水対策が大事になります。そこで、インディージョンズをイメージした帽子にサングラス、虫よけスプレー、ミネラルウォーター持参と万全を期してホテルを出発しました。まずエジプト考古学博物館にたどりついた私たちを迎えたのは開館前に並ぶ人だかりと怪しげな現地のガイドの人でした。アジア系の観光客は少なくの私たちは、直ぐにガイドにつかまり交渉開始。断り続けてもらちがあかず100エジプトポンド(1エジプトポンド=約17円)で案内してもらうことにしました。歴史ある数々の副葬品に圧倒されものの、ツタンカーメンはやはり別格で3000年以上前の日本が縄文時代の時に作られたものとは思えないきめ細かな装飾に出会った感動もひとしおでした。気持ちよく博物館を後にし、ガイドに知り合いの店を紹介されました。人の良い私たちは留守を預かる修練医2人にお土産としてツタンカーメンという女性に対し何やら効果のある香油を購入。修練医に対する看護師の対応が楽しみです。
6月16日午前、シティスターズ・スターズセンターという中東最大級の規模を誇る、巨大ショッピングモールで買い物。電化製品、食料品ともに金額は日本と大差なく平均月収が2〜3万であることを考慮すると上流層を対象としている印象でした。ちなみにエジプト産が以外と少なく、お土産を探すのは一苦労でした。午後は学会会場であるギザ地区のメナハウス オベロイにタクシーで移動。ナイル川を横切り、クフ王のピラミッドが見えた時の感動は乏しく、タクシーの運転の荒さとそれに伴う表情筋・大腿四頭筋の緊張の連続でした。学会会場では学会参加者のラフな格好に同乗しようとした私に、宮本俊之先生が「日本人として学会会場にはスーツとネクタイが基本的礼儀である」とのご指摘を受けました。宮本JAPANとして国際学会への初参加に気が引き締まる思いでした。
6月17日、学会会場へノーネクタイにシャツ一枚で現れた宮本俊之先生に、開いた口を必死で塞ぎつつ、会場内へ同行。講演、work shopに終始しました。
6月18日いよいよ宮本先生の発表。下腿の開放骨折に伴う軟部損傷に対し、イリザロフ創外固定+ラップ療法の内容でした。軟部組織の治療においてラップ療法は国外でもまだ浸透していないためか費用・頻度についてや清潔操作が必要か等、各国の先生方が興味を示し、時間内に質疑応答が終わることはありませんでした。ディナーは帝京大学の松下教授、野口病院(群馬県)の金子先生とともにVIPな席での食事となりました。中東諸国で代表的な踊りであるベリーダンスを楽しんだ後、急遽岡崎先生と一緒にステージに参加することになりました。別の意味で国際舞台に立てた余韻にひたる中、視界の横に見えたのはダンスに参加する宮本俊之先生の姿で、国際舞台への貪欲な姿勢はさすがとしか言いようがありませんでした。
6月19日いよいよ帰国。荷物を詰め、いざカイロ空港へ。空港のファーストフード店で日本対オランダのワールドカップを観戦。惜しくも0−1で負けはしましたが、岡田JAPANの活躍は同じ日本人として誇らしいものでした。
6月20日深夜長崎へ到着。日本は梅雨で気温も低く、不快指数の高い気候でしたが懐かしくもあり心地よく自宅に帰途しました。

全体を通して国際学会の舞台と歴史的遺跡両方を味わうことが出来たのはさることながら、中東の社会や人間性にも触れることができたのは学問を超えて非常に貴重な体験でした。
最後にエジプトツアーのすべてを取り仕切って通訳までしていただいた宮本俊之先生、留守を預かる諸先生方大変ありがとうございました。