MGH遊学報告 N0.4 /2008-11-08

  • 宮本俊之
  • 鹿児島大学 医学部 出身
  • 1996年 入局

November 8, 2008
 気がつけば3週目が終了し、ゆっくりできる最後の週末となった。あいにくの雨で日頃は徒歩で移動しているので行動が取りにくくなる。ダウンタウンに行くためには橋を歩いて渡らなければならないが、その橋が一部工事中?で、いまは固い金網みたいなのが歩道代わりで、真下の川が丸見えの状況である。数年前にどこかの橋が落ちたニュースを見たことがあるので、渡るたびに怖くて仕方がない。その橋は観光名所につながっているので旅行者が多く通る道で、皆何事も無いように渡っているが、私は下を見ないように意識しながら足早にいつも渡っている。今日は雨と風のせいで余計に怖く感じてしまった。事故が起こらなければと思っているのは私だけだろうか。

November 9, 2008
 昨日とうって変わって今日は晴天であった。気温は最高で12度までしか上がらなかったが、何故か暖かく感じてしまう。そろそろ家族にお土産を買ってあげようと思ってショッピングセンターに行ったが、アメリカでいつも困るのはお土産である。日本にほとんどの物が輸入されているし、お菓子にしても体に悪そうな着色料漬けのお菓子以外はほとんどが手に入ってしまう。アメリカにしかないような豪快な玩具は持って帰るのが大変なので最初から選択肢からはずれている。そう考えると本当にいつの間にか日本はアメリカ化していると感じてしまう。小学3年生の時に東京のマクドナルドで初めて食べたハンバーガーとシェークは強烈な印象が残っているが、いまは日本全国どこにでもある。医療事情まで気付いたらアメリカ化しないように何とかお役人と政治家に頑張ってもらいたいものだ。

November 10 , 2008
 回診で骨盤骨折の読み方が議題に上がった。一般的に寛骨臼骨折は正面と両斜位X線像から骨折分類するものであるが、いきなり骨盤正面から3DCTにプレゼンが切り替わったのでストップがかかった。レジデントも正直で「X線を時間かけて読むよりも3DCTを見れば一目瞭然」と正直に答えた。こんなレジデントに指導する教授陣は”It’s old school ,but “ つまり保守的な考えだがと前置きして「骨盤3Rから骨折を読み、CTは答え合わせとするのが望ましい」と言っていた。若い人ほどハイテクに頼る傾向はどの国にも共通なのだろうが、確かに便利な物があるのにわざわざ不自由な事を強いられると納得いかないだろう。ただ全例にCTを取って、3D構築する訳には行かないので教授陣が指摘するのももっともである。回診後にチーフレジデントに注意されていたのが非常に印象に残った。

November 11, 2008
 MGHは手術室が全部で80以上あり、年間病院で3万5千件の手術をするらしい。それを取り仕切る麻酔科は大変だろうが、麻酔医と麻酔士を含めるとかなりの人数がいるのも間違いない。麻酔士は歩合制的な所もあるので、手術が遅くなっても文句を言う人はいないが、それを管理する麻酔医は別である。今日も夕方4時過ぎに4例目の上腕骨の骨接合予定の患者が入室したが、色々と難癖をつけて結局中止となった。5時にその医師が帰宅したらできるかもしれないと麻酔師士が真顔で言っていたのが印象に残った。ここの麻酔科のマニュアルは全世界の医師が読んでいる事を忘れないで欲しい。
November 12, 2008
 MGHには色々な人が研修に来る。今週からイギリスの医学生が整形外科のinternshipにやって来た。インド系のナイスガイだが、イギリス英語なので私には話が聞き取りにくいのが残念である。両親に勧められてアメリカで研修する下準備らしい。イギリスの医療事情を医学生の立場から聞けておもしろかった。イギリスの医療はやはり悲惨で、一般市民はかかりつけ医(GP)に受診してからでないと専門病院に行けず、その紹介はGPの判断が全てらしい。ところがGPのレベルがピンキリで、国民はほぼあきらめ気味らしいが、まだ無料で治療を受けられるだけましと考えている人も多いらしい。もちろん金持ちは自由診療の病院で大金を払って診察を受ける二重構造らしい。アメリカで研修受けたらイギリスに帰りたくなるぞと意地悪な質問をしたら、俺はイギリス医療を立て直すと熱く語られてしまった。現状を何となく受け入れて、何もしていない自分を反省した。

November 13, 2008
 昨日帰ろうとしたら突然写真を撮るから明日はネクタイを付けてこいと秘書に言われた。MGHでVrahas先生の元で研修したfellowやAO fellow全員の写真が外来の壁に飾られているが、まさか自分の写真がそこに貼られるとは思いもしなかった。初日にジャケットを着て以来であったが、何とかネクタイを忘れずに出勤した。写真屋さんがきて、自分の部屋でちゃんとセットを作ってくれての撮影だった。色々とポーズを指示され、歯を見せて笑うアメリカンスマイルで取ったのが一番良いと絶賛された。後ろで秘書さん達が冷やかしながら見ていたが、こちらは慣れないことで大変だった。全部で10ポーズ以上撮影したが、どれを飾るかは秘書さん達が決めるらしい。次に来る時の楽しみにしておくように言われたが、レジデント達からも髭を書いていてあげるよと冷やかされる始末であった。
 
November 14, 2008
 今日は7例ほど症例があり、夕方までバタバタとしていた。手術室を2部屋与えられたのでこれだけ裁くことが可能となった。裏には感謝際に向けての調整が見え見えだとチーフレジデント達は言っていた。最初の週は看護士達からは医学生と思われていて、ちょっとでも動くと「不潔になる」とか言われていたが、2週目頃からようやく私の立場を理解してもらい、途中からはレジデント達からも相談を受けるのが当たり前となった。こちらの人は人の能力を認識すると取る態度がころりと変わるので分かりやすい。そんな人たちも、今日が私の訪問の最終日と分かると“We will miss you”なんて言われたが明日にはもう忘れているであろう。最後にさらっと ”thanks ”と言ってお別れした。

November 15, 2008
今回のfellowshipにあたり自分自身にゆとりがあったためか色々な事に目がいって、手術の技術だけでなくレジデントの指導法や救急部の運営の方法などCampbellの時は思いもつかなかった事に興味がむいていた。まあ技術的なことは前回もそうであったが、格段に劣っているとは思えないが、やはりシステムの作り方が上手である。Vrahas先生に「医療のシステムは従事者が疲れないようなシステムを作らないと、常に頑張っている状況では長続きせずミスが多くなりいつかは破綻してしまう」と言われたことが一番印象に残った。何が変わるわけでも無いとはおもうが、JFKの”one person can make a difference, and everyone should try”という言葉でこのfellowshipを締めたい。